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僕はいつの間にか孤立していた…鄭大世は怒りと挫折にどう向き合ったのか?【ごはん、ときどきサッカー】

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ガラス張りの性格で明朗快活

ストライカーとして数字も残してきた

2020年に一度は引退を考えながら

ギリギリでチームが決まり現役を続行する

 

2021年はケガにも泣かされた

はたして現役続行の意欲はあるのか

動向が気になる鄭大世に

オススメのレストランを聞いた

(奥さんの話は出てきません)

 

ドイツで味わった初めての挫折

僕がこれまでのサッカー人生で辛かったのは……あげたらきりないです。被害妄想に囚われるタイプなので。でもその中でも一番辛かったのは1.FCケルン時代ですね。

 

あのときが初めての挫折かな。川崎フロンターレのときは自分で勝手に悩んでたけど、客観的に見たら結構順調にレギュラー獲得してエースになって、順風満帆だったと思うんです。

 

大学のときは東京都3部でプレーしてた選手がJ1クラブの川崎に入ってブンデスリーガ2部のボーフムに行って、ボーフムでも2桁得点取って1部のケルンに移籍してってシンデレラストーリーですよ。エレベーターみたいに上っていったから。

 

それでケルンに行ったとき、サッカーがうまくいかないのと、プライベートでは当時付き合っていた人と別れて、両方一度だったのでボロボロでしたね。

 

向こうのご家族にも申し訳ないし、自分の家族とも大喧嘩し、1人暮らしだったから助けてくれる人がいないというか。心休まる場所がないし、帰る場所がない感じで。毎日いろいろ考えちゃうし、サッカーをやるときもちょっと出来ないことがあるとみんなに馬鹿にされるし。3、4ヶ月ぐらい自分の生きてる価値って何だろうってすごく思ってました。

 

練習のときもショックなことがあったんです。サイドの選手がボールを持ったとき、FWに横パスを出すかシュートを直接するかという2つの選択肢があるトレーニングしてたんですよ。サイドの選手がいつも自分でシュートを打ってたんでFWはみんなイライラしてたんです。

 

それで一番年上だったから僕が監督にちょっと笑いながら「全然横パス出てこないんですよ」って言ったら、ちょうど勝ててなかったから監督の機嫌がすごく悪くて、急に「お前のためにサッカーしてるんじゃない!」って怒り出しちゃって。監督はそれでスイッチが入って、そこからもうずっとメンバー外ですよ。

 

そういう干されてるときって練習をどんなにがんばっても暖簾に腕押しなんです。「空気を読めずにマジいらんこと言った」と思って自分を責めてました。そのときはもう本当にいいことが何もなくて、辛かったですね。

 

エスパルス時代までは監督のせいにしていた

第2の挫折を味わったのは清水エスパルス時代でしたね。でもその時は初めて自分と向き合ったんです。

 

それまではずっと人のせいにしてたし、自分が使われないのは監督のせいだと思ってたし。何かしら他人の責任だと考えて自分と向き合わなかったから、最悪の思い出しか残ってないんですよ。

 

特に2018年、ヤン・ヨンソン監督に使われなくなって、最初はその状況を受け入れられないから「オレを使わない意味がわからない」と思ってました。練習試合でもキャンプでもガンガン結果出して、これ以上何をすれば使ってくれるのって。

 

感情を隠せないタイプだから、監督への反抗心が態度に出たりしてたんです。途中出場ではプレーしてたんですけど、自分はやっぱりスタメンで出たいわけじゃないですか。

 

そのとき自分の中でもがいてもがいて。でもいくら頑張っても、いろんなことを試しても、自分のすべてを変えてもダメ。やっぱり状況は変わらなくて。そのときに初めて、「今までの成功は自分だけのものじゃなかった」「自分が頑張ったから今まで成功できたんじゃないんだ」って気付いたんです。

 

今までいろんな指導者は当たり前のことを教えてくれてたんです。挨拶から始まり「人のせいにするな」「矢印を自分に向けろ」「監督のせいでなくて自分のせい」とか。自分の周りが起こる事象はすべて自分のせいだっていうのは、知っちゃいるけどやっぱり忘れちゃうんですね。

 

今まで自分が活躍できたのは自分の能力じゃなくて、自分の能力に気づいてくれた監督であり、強かった川崎であり、中村憲剛さんであり、ジュニーニョであり、そういうすべてのみんなのおかげ。

 

そういうのがあって自分が活躍できたから今の立場があるんだなって。だから今何をするべきかは、周りに左右されずに自分のできるベストをつくそうと思って、初めて自分が思う「努力」を始めました。

 

それまでは感情のまま動いてたんで、「悔しかったら走る」「悔しいから筋トレする」「練習を人の倍する」みたいな、常に誰かと比べて自分の感情を納得させるためにやってたんです。

 

でも、そこからは自分と向き合って努力できた。「小さなことを積み重ねることが、とんでもないところへ行くただ一つの道」ってイチローさんが言うあの言葉がわかりました。

 

それで毎日練習前から徹底的に全部切り詰めて、1日を無駄に過ごさないように完璧な準備をして、完璧に試合に向けてやって、練習前に身体のケアから筋トレやって。練習はベストを尽くして、終わって筋トレして有酸素運動をやって、ケアして帰って風呂に入って。

 

栄養を考えて睡眠時間を確保するためにこの時間には寝るみたいな1日をきっちりやって。エスパルス時代、アルビレックス新潟に行くまではそれをずっとやってました。

 

その間にも感情を爆発させて問題を起こしたりはしたんですけど、でもエスパルスのときの挫折と、ケルンの挫折の2つって大きな違いがあるんですよね。

 

エスパルスのときは本当にきつかったけど、でも本当にいい思い出だと考えられるんです。だって自分と向き合って、自分がすべきことをしてベストを尽くしたから、たとえ自分が試合に出られなかったり結果が出てなかったとしても、振り返ったときすごくいい思い出なんですよね。

 

自分に勝ったとまではいかないにしても、自分がやるべきことをして、自分自身で納得できたし、それで仲間に感謝することを覚えたから。チームメートにすごい感謝してるし、本当みんなも大好きだし、みんなのためにプレーしようと思えたし。

 

だから、あのつらい記憶っていうのはすごくプレシャスな輝かしい挫折なんですよね。でもケルン時代は、人のせいにしかしてなかったし、サッカー以外のところでサッカーに影響してたし、ブレブレだったし。

 

そのときの彼女とは、試合前日とかピリピリしてるから喧嘩して、試合でうまくいかなかったら彼女のせいにしたり、めちゃくちゃだったら。試合日も自分がゴールすることしか考えてないから守備なんて考えてないし。

 

ボーフムのときも入れ替え戦の後、キャプテンにみんなの前で「お前はチームのためにプレーしろ。自分のことしか考えないエゴイストだ」ってことを言われたりして。それぐらい自分がめちゃくちゃだったし。

 

今も自分の根底に自己中心的ってのがあるし、変わってないのかもしれないんですけど、節々に取る行動なんかは変わった気がします。試合に出られなかったときに表情に出たりとか、そういう根本的な部分は変わってないけど、枝葉の部分ではちょっと変わってきてて。そういう意味でケルン時代を振り返ったとき本当に情けないし、もう後悔しか残ってないです。

 

振り返ってみるとケルンの環境は悪くないんですよ。自分が納得できる行動をしてなかったことに対して後悔ばかりで。本当にもう地獄の生活で、毎日ビール飲んでたし、ちょっとタバコ吸ってたし、完全にもうダークサイド行ってましたね。

 

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©Masahiro Ura

孤立した状況をどう乗り越えたのか

失敗の話をしたら、もうきりないです。川崎、ボーフム、ケルンを経て入った水原三星時代も調子に乗りまくってたから。僕は感情をつかさどるホルモンの分泌量が多いんですよね。それを長い間感じてるんです。

 

他の人の悔しいっていう感情の強さと、僕が感じる感情の強さって歴然とした差があると思ってます。うれしいときの感情も僕は人一倍なんです。だから慢心が起こるんですよ。活躍した後なんかに、自分の中で変に力が抜けたりするんですよね。

 

必要以上に悔しがって自分から落ちてたのがボーフムからケルン時代だったと思います。他人なんか気にしないで、ドイツでやってることにもっと誇り持ってやればいいのに、周りと比べちゃうんですよ。

 

右隣の町に行けば内田篤人がチャンピオンズリーグですごい活躍見せてるし、左隣の町に行けば10分の距離で香川真司がブンデスリーガのMVPだし。それが眩しすぎて劣等感を感じて。やっと1部のケルンに行ったけど、試合に出られなくて、また2部に降格して。

 

今考えたら、ブンデスリーガ1部でプレーしてたケルンを憎むなんて訳分からないし。ブンデスリーガ2部で劣等感を感じて、「やんなきゃいけない」っていう強迫観念で自らを追い込んでいってたんです。

 

自分のキャリアって人と比べることじゃないし、人と比べたって答え出ないし。そのときのその状況に感謝して、もっとちゃんと向き合って、ポジティブなエネルギーでサッカーに取り組むこと。それが正解だったんです。

 

それを自分の感情が激しいせいで必要以上に考えすぎて、パフォーマンスが落ちてドツボにはまっていく。周りが誰も自分を突き落としてないのに自分から落ちていく。自分の感情をコントロールできてなかったですよね。

 

そういうケルン時代から水原三星に行ったときは、逆に鳴り物入りだったんです。空港に着いた瞬間、100台以上のカメラがあって超一流芸能人の結婚者会見みたいなフラッシュがたかれてたんで、「オレすごいな」って思って。

 

だから暴言の多い外国人選手みたいに文句を言い散らしてたんですよ。周りからしたらすごいうざかっただろうし。でもそういうのを克服していって、最終的にはすごく活躍して人間的にもある程度信頼されて。人のためにプレーするっていうのを表現することによって、輪の中にやっと入れて、その後にエスパルスに来たんですよね。

 

でもエスパルスに来て、また調子に乗るわけですよ。もう自信満々だから。

 

韓国で川崎時代の自分に戻りたいっていうジレンマを抜け出して、完全に自分の新しいプレースタイルを確立したんです。自分がゴールを取ることではなくて、人のことを助けるプレーをして自分も生きるというのを身につけてたから。だからエスパルスに来たときは「自分は絶対できる」っていう自信があったんです。

 

それで「自分がこのチームを強くしてやる」と思って「こうしろ、ああしろ」ってめっちゃワーワー言って。自分はその時自分の中に正義があると思ってたんですよ。エスパルスを勝たせようと思って。でも他の人からすれば鬱陶(うっとう)しいですよね。

 

試合中にガーガー言うヤツいたら集中できないし、ちょっと試合に出てるからって、周りにこうしろと言うヤツはマジうざいし。人間関係で一番の失敗はエスパルスのときです。

 

人間関係に僕が火をおこして煽ってて。僕からいろいろ言われてた選手ってすごいいいヤツなんですよ。だけどそういうのは全部関係ないと思って、すごく厳しいことばっかり言って。

 

結局J1に昇格をした後の納会ってみんなで食事をして、2次会はカラオケで、6、7人ずつぐらいでテーブルが分かれてたんです。僕は真ん中のテーブルにいて若手たちと話してたんですけど、また酔ってるからいろいろなこと言ってたんです。

 

そして気付いたらテーブルに誰もいなくなってたんですよ。僕はその時気付いてなかったから「みんなノリ悪いな」と思って、23時ぐらいに部屋帰って寝たんです。

 

ベテランって誰も怒ってくれないじゃないですか。指摘もしてくれないし。今となればそれがなぜなのか分かるんですけど、その時はもう全然何が何だか分かってなくて。やっぱりネガティブな人の周りに人は残らないですよね。否定的だったり、人の悪口言ってる人の周りからは人がいなくなるっていうのはその時分かって。

 

2017年にキャプテンやったじゃないですか。あれは小林伸二監督に自分から「やらせてくれ」って言ったんですよ。でも監督はキャンプが終わっても全然僕を指名してこないんです。

 

他の指名されそうになってる選手も「自分はやりたくないです」みたいな感じで、「それ監督に言ってこいよ」って言って、「じゃあ大世、キャプテンよろしく」みたいな感じになったんです。

 

要は、みんなに慕われてキャプテンになったわけじゃなくて、試合に出てるからっていう理由だけで自分からやらせてってなっただけで。それでキャプテンになったからよけいにワーワー言ってました。

 

キャプテンになったもんだから、なおさらみんな僕に直接言わないんですよ。いつの間にか、孤立する感じになってて。

 

それでも僕が最初活躍してたときはよかったんです。ところがケガし始めたんですよ。夏ぐらいから後半はほとんど試合に出てなくて。その出場してないときの僕はチームが勝てないのに何もしなかったんです。ケガしてるからってトレーナールームに通うだけで。

 

結局、西部洋平さんが仕切ってミーティングをやろうとしてたんです。僕は選手だけのミーティングをやるっていうのを知らされただけで。で、それを聞かされて「こうした方がいいんじゃないか」みたいな感じの話をしたら、洋平さんがキレて「お前が全部話していいよ」みたいになって。それでも僕は洋平さんに「そんな無責任じゃないですか。一緒にやりましょうよ」という感じで話したんです。

 

洋平さんも僕の行動に呆れてたんですよね。洋平さんはすごい中立的な人なんですけど、目に余る僕の行為や行動に不満を持ってて。それでお互いのやり方に折り合いが付かなくてベテラン2人が大げんかみたいになってしまって、ミーティング中に2人抜けて話して。

 

自分がそんなに人間関係が悪くなってるって自分では気付いてないんですよ。洋平さんは僕に話しながら教えようと、優しく諭してくれてたんですけど、僕の中では「自分が絶対正義」だったから、人の話は全く聞かないし、自分の行動に何か問題があるようにも思わなかったし。

 

自分はチームのためにやってると思ってたんですけど、周囲からは「大世に何を言っても聞かない」ってことになってしまったんです。それで2018年に試合に出られなくなって、僕はちょっと監督に反抗的な態度を見せたりして。キャプテンやってた人間が、そんな未熟なことをしてるわけですよ。みんなとの関係はまだその時は多分よくなくて、若手以外は何も言ってこなくて。

 

そうしたらあるときパッと目が覚めたんです。「今までオレ、何をやってたんだ」って。それまでの自分がやってたことに「調子に乗ってたから」という前文を入れたらすべての行動が説明できるっていうのに気付いて。「調子に乗ってたから」人を責める、「調子に乗ってたから」文句を言う。そりゃ洋平さんは怒るわって。

 

試合に出られなくなって、ふと周りの行動を見たとき、みんなは試合に出ても出なくてもお互いのことを尊重し合うし、文句も言わないし、平和的にやってるんですよ。そういうのを見て、昔は「そんなんだからダメなんだよ」と思ったんです。見下してね。僕は気が小さいから人を上か下かで見てたんですよ。

 

だけど自分が試合に出られない側の、要は下のほうに行ったときに周囲を見回したら、試合に出てる選手たちはめっちゃいいヤツなんですよ。みんな試合に出ても人にどうこうしようとしないし、自分のことに集中してるし、みんな真剣に勝とうと思ってるし。

 

正直に言うと、自分はそういう調子に乗ってるときが一番サッカーのパフォーマンスはいいんですよ。ミスを恐れてないから。それってFWとしてはオッケーだと思うんですけど、でも、みんな試合に出てもすごいちゃんとやるし、人間的なところが見えるようになってきたんですよね。

 

今までいつも静かだと思ってた人たちも静かなりの理由があって、やっぱりちゃんと人間関係、チームの和を考えて行動してる姿を見て自分を省みました。「オレ、何やってたんだ」って。

 

そこから本当にみんなのことをすごい好きになったし、自分もちゃんと行動するようになりました。きちんと自分を反省して、行動を変えて。洋平さんも後で認めてくれました。「お前はもう乗り越えた」って。

 

それで自分と向き合うようになって、人間関係が良くなって、みんなを尊敬するようになって、すごく仲良くなって。初めてサッカー以外のことでクラブハウスに行って楽しいと思ったのがその時でしたね。

 

それまでは自分の成功以外には何の興味もなかったけど、自分が成功できてない状況でも、こういう人生の楽しみ方があるんだなっていうのを34歳にして知りました。

 

その後、2018年は試合に出られなくて苦しくてもがいてたけど、すべてやることちゃんとやってたから、クリスランが前十字靱帯を切って代わりに僕が出たホームの広島戦で47分に点を取ったとき、全員が僕のとこに来てくれたんですよ。

 

あのゴールで本当に感慨深かったですね。GKも全員来て僕に覆いかぶさって祝福してくれて。これかって。それまでの人生、本当何やってたんだって感じましたね、その時に大きな一つの気付きが得られました。

 

それは自分の人生では経験したことなかったです。いろいろゴールを決めてきたけど、あのゴールほど価値を感じたことはなくて。キャリアにおいて大事なゴールってあるじゃないですか。たとえば優勝するときの決勝ゴールとか、ワールドカップで決めるゴールみたいな。

 

自分のキャリアにおいてそういう大事な価値があるゴールっていうのは、あれだと思うんです。ゴールという結果自体に価値があるものと違って、それまでの自分のやってきたことをみんなが認めてくれたっていう価値があったんです。

 

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最近は練習で全く違う自分を表現できるようになった

川崎時代みたいに焦りすぎたり「ワンプレーミスったらそのあと全部ミス」みたいなのはなくなりました。がんばればいいって訳じゃないって分かったから。昔はがんばるほどうまくいくと思ってたんですけど、そうじゃなく力の入れ方なんだって。

 

がんばりすぎるときと、落ち着いてるときの、その間のところが一番なんですよ。ちょっとリラックスしてるぐらい、ちょっと緊張感あるぐらいの幅が重要だと分かったんです。

 

だからめっちゃがんばって、相手を追い回して絶対点を取ってやるって気合入れるみたいなのはもうないです。それが空回りに繋がるのを知ったから。若かったときはそういうのには気づけなかったですね。

 

そういうのもあって、自分の中で「ストライカーのプレーというのはこれだ」という絶対的な答えが出たんですよ。「全部人のためにプレーすることで、みんながお返しとしてパスをくれて最後に僕がゴールを決める」っていう。ところがそれではダメなときが来たんですよね。2018年のヨンソン監督はそれでは満足してもらえなくて。

 

自分の中で、「え? こういうプレーが正解じゃないの? これ絶対正解でしょう」って。そして「オレは試合に出ればやるよ」って自信があるのに、出してくれない。そして今度は出場するために結果が必要になってくるから、自分のプレーをどうすればいいのか変わってきちゃうんですよね。

 

いつもだったらパス出してるところを、結果出して試合に出たいから、無理矢理シュートを打つ。そうするとそこからずれが生じ始めて、正直、現在に至ります。2020年は新潟に移籍して9ゴールを決めたんですけど、自分のプレーに納得できてないです。

 

あれは運良く試合に出て点取っただけです。あのとき出られるFWが僕しかいなくて、それでたまたま出て。出たら点が取れるという自信だけはあるんですけど、でもそれが自分の実力かって言われたら分からないし。点は取ったけどそれ以外のプレーに満足できなかったし、アシストはゼロだったし。それで結局、また自分探し、答え探しの途中というのが今になりますね。

 

2021年は最初のケガが痛かったですわ。そのあとしばらくリハビリで試合に出られなくて申し訳ないって。でも実は今、めっちゃ自分の可能性を感じてるんですよ。

 

僕の川崎時代の良さって強引なとこじゃないですか。強引に前を向いてシュートを打つ姿だと思うし、それはやっぱり大事だと思うんですよ。で、それをしながら、エスパルス時代みたいに周りを使うという融合ができたら最強だと思ってるんです。

 

FWだから相手は前を向くことが一番嫌じゃないですか。今思うとエスパルスのときも韓国のときも、前を向いたとしても、仕掛けずにパスを出してたんです。あとはそこからのクロスの合わせ方だけちょっと追求してやってて、それで点は取れたんです。でも自分が前を向いて相手が集まったところでパスを出すのが一番ベストだなって。

 

で、それが今出来はじめてるんですよ。最近、意識をちょっと変えるだけで川崎時代のような強引なこともできるようになってるんですね。

 

だから練習中、全く違う自分を表現できてるんです。ミスも圧倒的に少なくなったし、仕掛けて相手に飛び込んでいくっていう、自分の中で感覚はあるんです。だから自分の中ですごいワクワクしてるんですよね、この先が。

 

それでも一つ、自分として悩んでいることがあるんです。僕はやっぱりスタメンにこだわっていて、途中出場で満足するようなら辞めようと思ってます。でも34歳ぐらいになったときからどの監督にもずっと求められてるのは、途中出場の短い時間でちゃんとしたプレーをすることなんです。そういう要求と、自分がしたいことのギャップがでかすぎて。

 

やっぱり僕は自己中心的なんですよ。自分が中心じゃなきゃ居心地がめっちゃ悪いんです。正直、生きた心地がしないですね。だからスタメンがいいわけです。

 

中島裕希選手とかすごくいいヤツで、スタメン外されたとしても試合に出られなかったとしても何も変わらないし、常に落ち着いてるし優しいし、仏みたいな人間だと思うんですよね。でも僕はそうじゃなくて、自分が中心じゃなきゃ先のこと考えたらもう終わりだと思うし。

 

これまでの監督も「もうお前はいい歳だから練習はそのへんで止めておけ」って言うんですけど、それが本当に嫌で。練習でのケガは自分で調整できるから。僕はスタメンでバリバリ出たいからトレーニングしたいんですよ。

 

今でも自分の中のテーマは「ギラギラ感」で、これは若手のときから変わってないですね。変わったのはいつまでも落ち込んでないところかな。川崎のときは、メンバーを外れたり途中出場や試合に出られなかったりしたら、1週間ぐらいずっと引きずって、ふて腐れて練習ちゃんとやらなかったりしてました。

 

今は科学的に自分を分析できるようになったから、すべての悔しさを練習にぶつけるようにしてるんです。そりゃ一時的な感情としてはむかつきますよ。まず最初にぱっと浮かぶ感情はそれだから。「なんで使わないんだよ」「オレのこと必要じゃねぇのかよ」「オレは余剰戦力なんだろうか」みたいな感じで思うし。

 

でも分かってるのは、今の素晴らしさっていうのに気づいてないと後悔するっていうことで。それはケルン時代の経験があるから。

 

今自分が何に感謝すべきかって考えたら、この歳でもまだプロでプレーしてて、サッカー選手であることの素晴らしさですね。とてつもない確率を勝ち抜いて、さらに生き残って今の状況があることに感謝です。

 

そういうポジティブなことを考えると、監督にむかつくことってすごくしょぼくて、強化部の強化の仕方にむかつくっていうのもすごく軽率だと考え直せるんですよね。2次感情として分かってくるんですね。1次感情では出てくるけど2次感情として自分が何をすべきかっていうのは今、分かるし。

 

練習中にふて腐れてたら後悔するのは自分だし、周りは常にポジティブな目でも見てるし、監督も使いたくてもしょうがなく使えなかったし、強化部も僕に期待してるし。そういうポジティブな感情でサッカーをしたらやっぱり結果が出るんですよ。

 

ネガティブな感情、たとえば怒りに任せて行動したら、そのせいで問題を起こすってこれまでいっぱいあったから。もちろん、追い込まれたときに爆発力を発揮できるのは僕の良さなんですけど、でも自分が今どうしなきゃいけないのか、何をするかって言ったら、やっぱ1日で切り替える、オフの間に切り替えるということです。

 

ギラギラ感は持ちつつ、ポジティブな感情に変えて、監督にアピールして。周りにイライラしてる姿を見せないで、必死に食らいついて、殺気だってサッカーしてるっていうのをやれば結果はついてくるし、認めてくれるし。

 

そう過ごしておけば、試合に出てなくても時間が経っても後悔しないって経験から学びました。そして自分の長所をうまく周りに波及させることが今ちょっとできるようなったかなって感じですね。

 

本当は2021年、2回ケガしたら引退しようと思ってたんです。そうしたらすごく早い段階で2回ケガしちゃって。だけど2017年以降、ずっと夏にケガしてたのに今年乗り切れたんですよ。だから今、引退したくないです。

 

油ギトギトで床滑るぐらいの焼肉屋さん、でもそれがいい

そうですね、最後レストランの話でしたね、そう言えば。この話、前振り長い(笑)。

 

僕は、川崎の「北京」という店にしますわ。武蔵小杉のもっと向こう、尻手黒川道路を川崎から武蔵小杉の方にちょっと行った先に「北京」っていう焼肉屋さんがあるんですよ。そこ僕は好きっすね。プロ1年目にある先輩に連れてってもらったんです。

 

有名人の写真いっぱい飾ってましたね。川崎時代、美味しい焼肉と言ったら「龍苑」と「北京」の2つなんですよ。「龍苑」は川崎駅の近くで住んでるところから結構遠かったらときどきしか行けなかったんですけど「北京」はよく行ってて。奇しくもキャリア終盤に町田に来て、川崎が近くなってまた「北京」に行くときにフロンタウンの近くの懐かしい道をよく通るんですよね。

 

「北京」は生で食べたいぐらいの肉があって、霜降りのロースとか美味すぎてよく食べたくなります。あれは他の焼肉じゃないですね。麻布や六本木などの超高級焼肉とかには何回かしか行ったことはないですけど、そこと比べても勝るくらい。しかもそういったお店と比べると安い。1人5000円ぐらい。めっちゃおいしくてめちゃ安い。コストパフォーマンス最強です。もちろん店は高級店と比べると綺麗とは言い切れないですし、高級店のような雰囲気じゃない。油ギトギトで床滑るぐらいの焼肉屋さん。でもそれがいいんです。

 

川崎時代は僕が若手で先輩に連れてってもらった店なので、今度は僕が若手選手を連れて行ってます。みんな感動して「ダントツ1位、一番うまい」と言ってくれましたよ。

 

紹介したお店

北京
〒211-0013 神奈川県川崎市中原区上平間1700-36
龍苑
〒210-0837 神奈川県川崎市川崎区渡田4-6-9

 

鄭大世 プロフィール

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2006年、朝鮮大学校を経て、川崎フロンターレへ入団。その後、ドイツの1FCケルンやボーフム、韓国の水原三星、清水エスパルスなどを経て現在はFC町田ゼルビアでプレーする。2010年には北朝鮮代表として南アフリカW杯に出場した。1984年生まれ、愛知県出身。

 

著者プロフィール

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佐賀県有田町生まれ、久留米大学附設高校、上智大学出身。多くのサッカー誌編集に関わり、2009年本格的に独立。日本代表の取材で海外に毎年飛んでおり、2011年にはフリーランスのジャーナリストとしては1人だけ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の日本戦取材を許された。Jリーグ公認の登録フリーランス記者、日本蹴球合同会社代表。

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